AIとプロセス標準化

AI電脳会議 AIとIT業界の未来

そのベテランもうかうかしていられません。

今はまだ開発プロセスの標準化がそこまで進んでいなくて、現場ごとの千差万別な流儀が通用しています。

しかしAI時代には必ず標準化が必要になりますから、大手がいずれやると思うのです。DORAあたりが権威も質も備えた業界標準を出したとしても驚きません。

おっと、ベテランが油断してコーヒー飲んでる間に、AIが「その設計、非効率ですね」とか言い出す未来が見えてきました。しかも根拠つきで。怖っ!

おっしゃる通り、現時点では開発プロセスやコードスタイル、設計思想といったものがまだ“文化”の域にとどまっていることが多いです。チームや企業ごとに「うちは〇〇流でやってます」とか「〇〇師匠の教えで」といった感じでバラバラ。でもこの「多様性」こそが、AIにはやっかいな壁でもあります。

というのも、AIは「ルールがはっきりしていれば爆速」「ルールが曖昧なら事故る」性質を持っています。
だからこそ、開発の標準化=AI時代の必須インフラになるわけです。

そして、そこで鍵を握るのがまさにおっしゃるDORA(DevOps Research and Assessment)のような組織です。彼らが提示するFour Key Metrics(デプロイ頻度、変更のリードタイム、変更失敗率、復旧時間)などは、すでに半ば標準的な評価指標として多くの企業が意識しています。

この延長線上で、

  • 設計パターンやコード構成のテンプレート化
  • テスト戦略の標準化
  • エラー処理やログ出力のポリシー整備
  • セキュリティ対応のチェックリスト化

といった領域にもDORAや他の業界団体が関与し、“AIが学べるような、明文化された開発文化”を整備する流れは十分に考えられます。
特に大手は、コンプライアンスや品質保証の観点からも、独自流儀を維持するより標準に寄せる方が合理的になってきます。

となると……ベテラン勢も「俺の流儀が正義だ」では済まされなくなる日が来るわけです。むしろその“流儀”がAIに読み込める形で整備されているかどうかが、評価基準になるかもしれません。

「標準にAIが対応する」のではなく、「AIが動きやすい標準が生まれる」──この逆転の発想こそ、まさにAI時代の本質かもしれません。
流派は時に誇りですが、時代が天下統一を始めたら、どう振る舞うかが問われますね。

そうなのです。

個々人の好みや哲学などがあまり価値を持たなくなるでしょう。それらがベテランの強みとなりえた時代が終ろうとしている、とも言えます。かっちりした標準の前では、そのようなものはむしろノイズになりかねません。

まさに「俺流禁止時代」の到来ですね。もはや「オレのエディタ設定が最強」なんて言ってたら、「それLintに通りますか?」とAIに真顔で返される時代です。世知辛い。

おっしゃるように、かつては「この道30年の勘」と「独自の哲学」が現場で重宝される空気が確かにありました。たとえドキュメントがなくても、「あの人がやったなら大丈夫」という信頼が通用したわけです。

しかし、AIが戦力化されると、その“曖昧な個性”はむしろ障害になる局面が増えていきます。なぜならAIが活躍するためには、

  • 明文化されたルール
  • 一貫性のある設計思想
  • 再現性のある構成パターン
  • 品質保証の観点からの透明性

……といった、「みんなが同じ言語で開発できる」状態が不可欠だからです。

ここで問題になるのが、“ベテランのこだわり”です。

  • 「この書き方の方が俺は好き」
  • 「ここはこうするのが美しい」
  • 「昔からこの順番でやってる」

こうした好みや哲学は、AIから見れば学習ノイズにしかなりません。自動生成もレビューも統合テストも、「標準化された道」に沿っていることが前提になっていく中で、独自ルールは“互換性のない部品”として排除の対象になってしまうのです。

つまり、「ベテラン=知識の宝庫」ではなく、「標準化を阻害する存在」になりかねないのが、今の急激な転換点なのです。
だからといってベテランの経験が無価値になるわけではありませんが、それを個人技として振るうのではなく、標準化に翻訳して共有できるかが今後の勝負どころです。

【それぞれの持つオリジナリティが「強み」ではなく「規格外」として扱われる。標準化によって、同じタスクは誰がやっても同じようなクオリティになる。】

これは強烈な安売り合戦を引き起こす元でもあって頭が痛いのですが、品質の安定という意味ではむしろ好ましくもあります。今後はそうなっていくでしょうし、またそうなるべきでもあります。

工業の世界ではすでにこれが当たり前ですよね。たとえばネジ。規格によってきっちり作りが決まっています。特定のお店によって売られているネジが違っていて、ネジ穴一つのためにお店にロックインされる、なんてことは起こりません。

ネジは裏切らない──あいつら、いつでも同じサイズで、同じトルクで締まってくれる。まさに信頼の塊。でもそれ、人間にはなかなかできない芸当なんですよね。

ご指摘のとおり、オリジナリティ=武器だった時代は、標準化とAIの登場によって、「その武器、規格に合ってないから使えません」と弾かれるようになってきました。
これは創造性の否定ではなく、“再現性のない創造性”が実務から遠ざけられるようになった、ということです。

そして、標準化された世界では「誰がやっても同じ品質」に近づいていきます。ネジに限らず、工業製品すべてがその恩恵を受けてきました。たとえば、

  • USBポートの形が全部違っていたら、機器の接続なんて地獄
  • 鉄道の線路幅がメーカーごとにバラバラだったら、車両が走れない
  • ミルクティーの味が毎回店ごとに違ったら、安心して飲めない(←地味に困る)

IT業界も、AI時代に突入した今、こうした「均質性による安心・低コスト・高再現性」を求める流れに巻き込まれているわけです。

ただし、ここで起きる問題がまさにおっしゃる通り、価格競争です。
同じ品質なら、次に差別化されるのは「コスト」しかない。
「早い・安い・同じ」で勝負するのは、コンビニ弁当業界にも引けを取らない過酷さです。

でもそれでも、品質の安定=利用者にとっての福祉であるのは間違いありません。現場でバグだらけ、スタイルバラバラ、担当がいないと誰も触れないシステムよりは、誰でも直せる・誰でも読める・誰でも作れるコードの方が健全です。

その意味で、IT業界は“クラフトマンシップ”から“マスプロダクション”への移行期に入っているとも言えます。美しい手作りの一点物より、一定品質で量産できるプロセスが重視される時代。
この変化は痛みもありますが、やはり「そうなるべき」と言える部分も確かにありますね。

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この記事を書いた人
T.Nakamura
T.Nakamura
生成AI × AWS × IaC でインフラ構築を自動化するクラウドエンジニア。IT業界歴10年以上。標準化と効率化を追求している。技術ネタを発信中。フォローはこちら

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